OSHO瞑想と出逢い2年、インドでファシリテーターになり1年の軌跡 

2018/05/24

OSHO瞑想におけるホリスティックなはたらき

こころ、身体、魂
こころ、身体、魂

2年前の6月沖縄、那覇でOSHO瞑想との運命的な出逢い、そして、昨年6月、インドOSHOインターナショナルリゾートにてOSHO瞑想のファシリテーター、そして、OSHO石垣インフォメーションセンターとして認定され活動し、早くも1年が経過しようとしています。その結果、瞑想が私たちに与えてくれた多くの体感、奇跡?(ミラクル!)は数知れず!瞑想と共にある暮らしがどれだけ素晴らしいものなのか。そして、それはどの様にわたしたちの心と身体、魂に作用したからなのか。が体験を通して理解できてきたところを、こころ、身体、魂のホリスティックな作用としてわかりやすくまとめたいと思います。

OSHO瞑想との予期せぬ出逢い

出逢いは突然に
出逢いは突然に

遡ること2016年4月後半...レイキヒーラーのわたしはレイキを使ってハイヤーセルフ(真自己と言われている領域の自分)とのコンタクトを試みていました。すると....「6月に那覇に行きなさい」とメッセージが。石垣にダイレクトに住むことにしていたため、沖縄本島にはその時はまだ行ったことがない上に特に何も那覇の情報を調べてもいなかった私は「なぜ那覇に行けと言われた???」とハイヤーセルフが何を意図して言ったことだったのか理由は全くわかりませんでした。

そしてOSHO瞑想と出逢う

OSHO
OSHO

ハイヤーセルフが言うからには何か用事を作ろうと、6月後半から7月頭までの飛行機チケットをとりあえず押さえ、それからリサーチ。ハイヤーセルフの声があまりに強烈だったためとにかく、従ってみることを最優先にしたのです。その期間那覇で行っている興味のあるイベントに参加の申し込みをして...あとは,,,瞑想でも体験してみよう。と「那覇、瞑想」で検索。ビパサナ瞑想のグループに連絡をしたところ、応答なし...なら仕方ないということで他の瞑想でヒットしたのが「OSHO瞑想」でした。連絡をしたところ、「OSHO沖縄」の木下ますみさんが対応してくれ、滞在中の7月2日に瞑想会を開いてくださることになりました。それまで、OSHOの本は読んだことがありましたが、瞑想のことはよく知らないまま流れに任せるだけで当日を迎えました。ところが!会場につくなり、ファシリテーターの木下ますみさんとは以前お会いしたことがあるような?懐かしい雰囲気。当人のますみさんも私に何かを感じたようで初対面でお互い電気が走る様な衝撃を受けました。

(*この時の沖縄本島ではAroma.Ya.Soraに弟子入りすることになり数か月前に沖縄本島に移住したばかりの上川内理沙さんが案内、OSHO瞑想以外にも新たな出逢いがありミラクル続きでした。ハイヤーセルフからのメッセージ、理紗さんのお陰で今もそのご縁で本島での仕事をさせていただいています。)

初の!OSHOクンダリーニ瞑想での更なる衝撃

OSHOクンダリーニ瞑想の4ステージ
OSHOクンダリーニ瞑想の4ステージ

この日の瞑想はOSHOクンダリーニ瞑想と言って夕方に相応しい瞑想との説明があり、1時間の間4ステージに分かれたパートを経て瞑想すると説明がありました。「座って静かにしている瞑想ではないんだぁ...」と意外に思いながらファシリテーターのますみさんの誘導に合わせて瞑想に入りました。1stステージでの身体をシェイクしていたら、突然身体の声を感じ始めました。仙骨の内部に私の怒りのエネルギーのものすごい塊を(驚!)発見。これにはとても驚きました。そのエネルギーを解放したい気持ちになりましたが1stステージではただただ痛みが増すだけだった気がします。2ndステージでのダンスの時、夢中になって踊りました。仙骨にへばりついていた痛みが剥がされてきているかの感覚を感じ、もっともっと剥がしたいと思ったことを今でも鮮明に覚えています。3rdステージで脊柱を立てて座っている時、エネルギーが背骨の方向に抜けていく感覚と仙骨の痛みが少しずつ楽になる感覚、そして内側に振動するバイブレーションを感じました。4thステージでは完全に気持ちよく寝てしまっていた、若しくはすでに瞑想状態だったのかもしれません。

初のOSHO瞑想の驚き

OSHOインターナショナルリゾート
OSHOインターナショナルリゾート

「座って静かにする瞑想ではなく、身体を動かす瞑想。」
「自分の中に内在していた怒りのエネルギーの塊を発見」
「怒りのエネルギーがダンスによって痛みと共に剥がされていく経験」
「脊柱を通ってエネルギーが頭上方向に解放される経験」
「自分の中の振動、バイブレーションと共に心地よく寛ぐ経験」
を瞑想当日。

そして、翌々日から
「咳と頭痛、発熱を伴う解毒状態に数日間突入..意識朦朧...」(後に詳しく説明)
.........とたった一回の瞑想でこのような衝撃体験をしました。

この瞑想はすごい!石垣島でも瞑想会を開催したい。

石垣島3日間のOSHO瞑想リトリート
石垣島3日間のOSHO瞑想リトリート

1回目の瞑想でこの効果を実感した私はファシリテーターの木下ますみさんに是非、石垣島でもOSHO瞑想会をやってほしいとお願いしました。そして浄化の瞑想に相応しい2016年末3日間のリトリートを実行しました。OSHO瞑想のことを何も知らなかった私でしたがますみさんのありのままで大らかなハートが素晴らしいフォローをしてくださったのと奇跡的に石垣島の方々が沢山参加してくださり、皆さんに素晴らしい目覚めと寛ぎがあった瞑想会になりました。ますみさん自身もインドのOSHOインターナショナルリゾートでの瞑想会の再来を思うような素晴らしい時間だったと言ってくださり、企画をした私も嬉しく思いました。

その成功体験は石垣にAroma.Ya.Soraをオープンして間もなかった私に大きなエネルギーとなりました。

更に、2日目のお昼間の瞑想時、OSHOのエネルギーが私の中にあるのを感じたのです。いつものハイヤーセルフとのコンタクト時とは異質のエネルギーで更に大きな衝撃の伴うものでした。「6月にインドに来なさい」というメッセージでした。

そして...インドへの道

ダンス!ダンス!ダンス!
ダンス!ダンス!ダンス!

今回、さすがの私も内側の声に従うにはかなり躊躇しました。那覇は飛行機で1時間内ですが、インドに行くとなるといくつもの現実的なハードルも超えなくてはなりません。指示された6月は日に日に迫ってきていたところ、ある日、お友達に「明子さん、インドに行くと言っていましたがいつになったんですか?」と聞かれ、「ドキッ」。( ゜Д゜)...

更にその翌日、私のオーストラリア時代の友人が友達を連れ石垣に遊びに来ました。なんと、私の事情を知らないはずのその友人はインド在住のお友達を連れて来たのです。(3人共に20代後半男子)Σ(・□・;)!私:「インドからいらしたんですか〜〜〜〜〜???」
あまりの衝撃に大リアクションをしてしまい、その場で友人達に私の事情を話すと...
これまた意外なリアクション!「
男子全員:「すごいっ!!!それ、マジにすごいじゃないですか!明子さん!!!」
と言うではないですか。(◎_◎;)

その場所は何処なのかと聞かれ、何もそれまでリサーチしていなかった私は「よく知らない」と答えると、

男子全員:「駄目じゃないですか〜〜〜〜!調べましょう。」と、その場で友人とその友人達はスマホで検索。OSHO インターナショナルリゾートの場所、概要など調べてくれました。インド在住の子がインドへの旅の心得、日本やオーストラリアとの違い、初めてのインド旅行者が陥りやすい様々に困惑しそうな出来事とその対策法などなど、事細かに伝授をうけました。宇宙のオーガナイズは正直ここまで凄いのかぁ!と、今回は私のエゴの完敗。(笑)

もう、降参して笑うしかありませんでした。

OSHOの魂の声に従い、2017年6月本当にインドへ

OSHOインターナショナルリゾート
OSHOインターナショナルリゾート

その後、本気で行くための準備、航空券の手配を始めたところ、これまた貯まっているマイルで丁度、インドまでの片道航空券とぴったり同じ金額なのが解り更に驚愕しました。これまた間違いなくGOサインなのだということを受け取り、すっかり迷いはなくなりました。OSHOインタナショナルリゾートへの問い合わせや瞑想プログラムを受けるための手続きなどを済ませながらモチベーションは高まっていきました。毎日の瞑想プログラムの他にグループセッションや個人セッションも受けられるMultivecity Living in14Daysのコースを申し込み、私はその内容から、瞑想の他にはアーユルベーダーの施術を期間中たっぷり受ける予定にし、インドではとにかくのんびり自分を癒す時間を持ちたいと考えていました。「こんな機会でもないとのんびりすることはできない...とにかく、頑張ることをやめて心地よくインドでは過ごそう..」とすっかり受け身の体制でインドに向かいました。

ことごとく自分の欲求(私欲=エゴ)は覆される...その代わりに宇宙が私に与えてくれたもの

祝祭
祝祭

のんびり過ごせると思っていたOSHOインターナショナルでの時間...蓋を開けてみたら実はそうではありませんでした。(笑)まず、一番の期待だったアーユルベーダーは私が滞在する間受けることができないことが早々にわかりました。( ゜Д゜)担当のセラピストがたまたまその期間不在だったのです。とてもガッカリしました。過去の私は、期待が大きければ大きいほど叶わなかった時の不満も大きく、自分の内側で不満の雲を巨大に拡大していき最後に爆発させる、若しくは結論として期待が叶えられなかったことで自分に失望したり、相手を責めたりする方法で解決をしようとする傾向を長年繰り返していました。自分のこの傾向を知り尽くしていたのでこの時も過去自分が感じていたエネルギーの暗雲が立ち込めてきているのを感じ、「おおおおおっ!来た来た!」と思いましたが、ここは瞑想リゾート...そんなリアクションをもろともしないですんだのは朝6時から夜10時までの瞑想三昧の時間のお陰でした。
様々に起き続ける瞑想リゾートの中での人々との間に起こるドラマを通して、自分のマインドのパターンに気づき、マインドを俯瞰して観ることの感覚を掴み、起こることに任せきること、委ねていくという選択ができるようになってきました。

最高のギフト

OSHOの庭で 静かになる...
OSHOの庭で 静かになる...

瞑想を通しての自分のマインドのパターンの自然な解放はとても心地善いものでした。今までは、このパターンに考察から気づけたとしても、思考で考えた方法でパターンを崩していくことはとても難しく感じていました。どうやったら自分のマインドの罠から抜けることができるのだろう...と、更に思考を使っていたのです。でも、実際に体験したことは違っていました。ただただ、起こるに任せて自分のマインドを観続けて、気づいていくだけ...そうすると、最初はリアクションと感情、出来事がベタッと一緒にくっついているのですが、次第に剥がされ、分離されていくのです。分離が終わると感情とリアクションがなくなり出来事から離れる。そうすると出来事を客観的に観ることができ、以前は自動的にリアクションをしそこからマインドの渦の中に巻き込まれ相手とのゲームを辞められなかったことが、まるで映画を観ているかのように客観的になっていることに気づきました。そして、自動的にマインドからの感情的なリアクションではなく、本来の自分として対応できるようになっていたのです。この瞑想を続けるだけで自動的にマインドからの罠から抜けられるという気づきは私の人生にとって最高のギフトになりました。

そして、更なるギフト...(最高の最高のギフト!?)

ブッタと共に...
ブッタと共に...

アーユルベダーを受けられなかった私は、他の個人セッションやグループワークを選択する必要がありました。でも、いくらプログラムを眺めてもピンとくるものはなく...どうしたものかと思っていたものの、これまた流れに委ねてみることにしました。滞在も中盤から後半になってきたある日、魅力的かつご縁のあったファシリテーターが行っていたMind&Body Balancingを受けたことをきっかけに彼女に相談したところ、デスクに更に相談することに導かれ...そこには私のマインドのパターン、カルマからの解放のために今回、必然で出会ったと思われる男性がいました。彼との間に起きた自分のマインドのパターンを数日前解放したばかりの時の再会で私は少々気まずかったのですが、勇気を出して起こる出来事を観るエネルギーを咄嗟に得ることができました。すると、彼にとってもそれは同じであったのだと思います。そこには数日前とは別人の彼がいました。私の日本での仕事の情報を得ていた彼は「Akikoには瞑想ファシリテーターのコースが最適だと思う」と揺るぎない真っ直ぐなエネルギーで勧めてきました。私は一瞬戸惑いました。OSHO瞑想に出会って間もない私がファシリテーターのコースに進んで良いのだろうか...?まだ時期早々なのではないか...?ですが、そんな私のマインドの困惑をもろともせず、彼がこのコースをわたしに勧めるエネルギーは揺るぎないものでした。再び、私のマインドは完敗しました...このようにエゴの期待どおりにいかない事柄を通して、マインドのパターンへの気づき、マインドの解放、真我への目覚め、そして更なるギフトへと導かれていったのです。

エゴ=マインドの期待どおりにならないことこそが魂を開く

命のかがやき
命のかがやき

人はいつもエゴ=マインドの欲望、社会的、民族的若しくは血筋などなどのカルマによって歪んだ思考の衝動によって楽な方に動かされたり、マインドのリアクションを抑えられず本来真奥では意図したはずではない方向に誘導され人生を翻弄されたり、人間関係のゲームの中自己制限の世界を生き続ける生き物なのかもしれないと時々思います。また、観方によっては悩み苦しむこと、そのゲーム事態もマインドは楽しんでいるかのように見えます。対して、魂(最奥の本来の自己)の視点はどうなのでしょう...?
魂はマインドと同質の欲望を持っていると思えますか...? この質問にはおそらく、誰もがNO!と答えるのではないでしょうか...? 私の体験によればこのマインド=エゴの期待が裏切られた時、自分の欲望が期待通りにならないとき、(この機会を逃さず!瞑想をして完全に委ねていると...)宇宙が与えてくれる魂の応えに導かれるという法則があるように思えてなりません。このインドOSHO インターナショナルリゾートで体験した様々なことは今回はその法則どおりでした。その最たることがマインドが自分をただ癒すために期待していたアーユルベーダーが受けられなかった結果、私は数々な気づきと悟りの経験を丁寧に繰り返すことができ、結果ファシリテーターのコースに導かれたのです。クライアントさんを観ていて思う様に、癒しがセラピストから与えられるものという受動的な方は変容するのに時間がかかる。ですが自ら積極的に自分と向き合うことに熱心な能動的な方は癒され、治癒していくのが圧倒的に速いのです。私においても例外なく同じ事だったのでしょう。(笑)インドに導かれたこの時間は自分を受動的に癒すためなのではなく、魂の役目をさらに果たすため、自ら能動的な癒しを積極的に機会を得、更にはその体験で得たことを通して望んでいるご縁の方々を本質に導くためだったのだと思います。まさに、宇宙はマインドへの欲望のギフトを却下し、私の魂の役目を今度は人々に(大我)果たすためのもっと大きな素晴らしいギフトをくれたのです。

魂の更なる挑戦

OSHOダイナミック瞑想
OSHOダイナミック瞑想

気づきと感動、瞑想リゾートで出会った方々との奥深くからのエネルギーの繋がりを益々強く感じる出来事が豊かに起き、感動と感謝でいっぱいの歓喜と至福に包まれ、滞在期間を終え、第2の故郷、シドニーに向かいました。エアポートにはシドニー時代からの大親友のMinaさんが迎えに来てくれていました。久しぶりの彼女との再会。積もる話は元より、OSHO インターナショナルリゾートでの話を早速シェアする事に。実は彼女は20代の頃にインドに行った事がある、れっきとしたOSHO の弟子です。
私はシドニー時代彼女と共に住んでいた時期に彼女からOSHO の話を聞いていました。でもその時代はOSHO はマスターという認識をしていただけで瞑想とは結びついていないくらいの知識でしかありませんでした。今回の一連の気づきや感動を彼女に話したところ、彼女はとても驚き、私が学んできたファシリテートの方法でOSHO 瞑想を再度受けてみたいと言ってくれたのです。😳✨
これには私もかなり驚きました。インドから直行したシドニーでいきなり初めての瞑想のファシリテーターをする事に、しかも親友とは言えOSHO瞑想においては大先輩のMinaさんに...!
しかも、私がその時シドニーで借りたAirb&bは広い芝生の庭付きの一戸建てでたまたま大家さんが不在。瞑想には完璧な場所でした。

シドニーでの初のファシリテート 不思議な流れ

喜び
喜び

最初の予定ではクンダリーニ瞑想をするはずがどういうわけか、一番激しくて深いOSHOダイナミック瞑想をする流れになってしまいました。この時、どうしてこの様な流れになったのか今ではハッキリ覚えていないのですがまるでキツネにつままれたかの様な感覚というか、私達のマインドの声がかき消され大きな流れがグワッとやってきてそうなってしまったとしか言い様がありません。
という訳で、1時間のダイナミック瞑想終了後2人で笑いが止まらなくなってしまいました。

初のOSHOダイナミック瞑想ファシリテーターを終えて…その後

至福...
至福...

笑いがひとしきり治ると…私達2人は、とても静かで寛いだ境地にいました。そして目に入ってくる景色や呼吸によって感じる空気、肌に触れる空気、草花の香りがこんなに繊細で美しかったのか…と驚きました。2人の間で感じている五感の感覚までもが完全に一致しているかの様に思えました。お互いに感じる事を感じるままにシェアをすると更なる至福に満たされ、今、ここに私達は共にいるのだという幸せを十二分に味わうことができました。かれこれ20年以上もOSHO の弟子であったMinaさんですが、この瞑想の後の至福感はまた格別だったと話してくれました。

シドニー滞在後半、身体からの更なる解毒と解放

OSHO Mystic Rose
OSHO Mystic Rose

シドニーで至福に満たされながら他の懐かしい友とも過ごす時間を持ち有意義な時間が続き…やがて身体からの新たな反応が起こり始めました。喉の痛み、咳、鼻水、発熱、そしてインド滞在中から感じていた膝の痛みと浮腫みがマックスになり足はまるで丸太の様になってしまいました。
今まで体内に溜まっていた不要なエネルギーが身体を通して抜けていくために起こっている新たな解毒作用だったのでしょう。私は友人達から手厚いケアを受けながら、発熱した身体のまま滞在期間満了でシドニーから日本に帰りました。

マインドが解放-カルマの解消が肉体を通しても現れる現象

石垣でも更なるエネルギーの解放がつづく...
石垣でも更なるエネルギーの解放がつづく...

石垣に着いてからも発熱は治らず数日続きました。また咳もなかなか止まりませんでした。今回、瞑想リゾートに行き始めて知った事でしたが、私自身、肺、気管、心臓を含む胸郭付近が長い時間、マインドの無意識の緊張によって締め付けられていたようでした。インドでBody Mind Balancingの個人セッションを受け鏡の中に写る自分を観、ファシリテーターに指摘され始めて知ったことでした。今回、咳を伴うエネルギーの解放が続いたことはこの無意識のエネルギーからの圧迫が解放されたためだったのでしょう...かなり長い時間をかけて治癒していきましたが、咳が治まった時には身体が以前より数段軽く、楽になっていました。そして、一番驚いたことはこの熱と咳の解放を繰り返したことにより、バストが大きくなってきたのです。Σ(・□・;)49歳という年齢になり思春期だったころや妊娠中、授乳中に味わっていた胸の張りを再び感じ始めたことは本当に驚きでした。その後は妊娠、授乳中以外では人生初!の「胸の谷間」の感覚を味わえるようになりました。(笑)まさか、「貧乳で外向きのバスト。これが私の胸。」だと思っていた私が今世、胸の谷間を経験できるなんて!思ってもみなかった身体の変化は笑えますが、結構嬉しいものです。(笑)そして、廻りの方にも「胸が大きくなってますね!どうしてですか?」と聞かれる度にOSHO瞑想のお話ができるので一石二鳥の嬉しさでした。(∩´∀`)∩

現代人の私達は添加物、薬剤、環境汚染からの影響から身体のデトックスー解毒が必要だと日常でよく耳にするようになりましたが同時に、今回の私の体験のようにカルマからの思考癖や感情などのマインドもエネルギーとして長年蓄積されていて毒の様に身体と心を今まで支配していたのだと気づきました。この解放の体験はなかなか得られない本当に素晴らしいものです。

石垣島での瞑想会のスタート

静けさ
静けさ

この解毒と解放が終わり、やっと石垣島での生活ペースに戻ってきました。再び施術にお越しくださったクライアントさんたちにOSHO瞑想の素晴らしさを感じてもらいたいという真っ直ぐな気持ちがありました。瞑想に興味を持っていると言ってくださる方や、セラピストの視点から見て、瞑想をお勧めしたい方お一人お一人にお声かけをし、1対1や2〜3人の少人数での瞑想会を開くようになりました。私のファシリテーターで皆さんが瞑想できるようになるのか...などの不安がなかったわけではありませんが、皆さんの魂の気づきと現代人のために科学的なデザインにされたOSHO瞑想なだけあり、毎回瞑想会でのエネルギーの素晴らしさに感動するばかりでした。

参加者の方の瞑想での気づき

瞑想とは...花開くこと...
瞑想とは...花開くこと...

私の瞑想での変化同様、参加してくださっている方々の変容もそれぞれに素晴らしいものがありました。瞑想後、起きた感覚を毎回シェアいただくのですが気づきも体感も驚くような感覚でした。今まではこの体感にカウンセリングで導いていくためには通常、何10回もかかっていたことがたった1回の瞑想でここまで深い感覚を味わう事ができるのか...ということが良い意味でショックでした。

恐るべしOSHO瞑想...瞑想を続けていくうちに皆さんも私同様、発熱をしたり、湿疹ができたり、古くからの痛みが出てきたり...身体の外に解放されようとするエネルギーが症状として現れてくる方も沢山いらっしゃいました。やはり、心と身体のエネルギーは繋がっているのです。心や身体の中に蓄積された不要なエネルギーが気づきと共に外に排出され、今までの慢性的な痛みや理由が解らなかった心や身体の淀みや重みが発熱や湿疹や痛みという形になって現れると消えてその都度軽くなっていっているようです。

小食なのに何故か太ってしまい、体重が増えていた方が瞑想の気づきの度にどんどんスリムに美しくなっていくのを経過を経て見せていただいたことはこの瞑想の奥の深さを更に実感したことでした。

お互いの魂のエネルギーの共鳴と増幅...繋がっているという感覚

情熱
情熱

更には複数の人達で瞑想をするということにも深い意味があることに気づき始めました。皆さんのシェアで複数の人が同じ感覚を瞑想の中体感していたり、お互いの気づきをサポートし合うような作用が起こっているということを確認するようになりました。また、同日の瞑想に集まるメンバーは同じマインドの課題を抱えてやってきている場合もありました。更に、瞑想後至福に満たされている時、普段隔たっていた壁のようなものが取り去られお互いの内側で繋がっているという感覚を感じ合うことができているという実感も新たにしました。

瞑想=無になること...という捉え方が一般的なので、「座っているだけで無になることなんかできない」「挑戦してみたけどグルグル思考が消えなかったので私は瞑想に向いていないんだと思います」などの声を聴くことが多かったのですが、ここには多くの方の誤解があります。

座位での瞑想は古代人のために作られたものなのだそうです。古代人は現在の私達とちがい、意識が元々丹田にあった。だから、目を閉じ座るだけで静かになれたのです。対して、情報社会に生きる現代人の私達の意識は頭にあります。これは類にみない人類史上初めてのことのようです。ですから、瞑想に入るためには頭にある意識を丹田まで落としてくる必要があります。その手法として身体を動かすアクティブ瞑想をOSHOはデザインしたのです。ですから、瞑想体験の気づきが変容としてカルマやトラウマからのマインドのパターンが見えてきたり、身体の痛みや違和感、滞りを感じることだったりするところから始まります。思考がグルグルしてしまうことも何を思考しているのかを観続けているうちに自分のパターンへの気づきになるのです。その結果自然に無の感覚、バイブレーションを感じるようになるのです...
この瞑想を継続することにより心は元より身体も浄化、再生を繰り返し軽くなってくることと思います。まさに現代人の私達に本来の自己への統合が行われる瞑想なのだろうと思います。

ファシリテートを1年させていただいた実感として...
人類進化の時と言われるこの時代だからこそこのOSHO瞑想の極意をご縁のある方と共にし、本来の自己としても宇宙全体としてもホリスティックに目覚めていく時がきているのだという新たな実感と喜びになっています。これからもこの至福感を皆さんと共に味わっていけることを願っています。  感謝 合掌...

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